セルフジャッジに表れる人間性 | ゆうゆーのテニスブログ

セルフジャッジに表れる人間性

テニスが強くなることとは直接関係のない話なのですが、仲間内での試合は当然として、一般的な草トーナメントにおいても基本的に審判はつきませんので、アウト/インの判定はほぼセルフジャッジになっていると思います。
要は、自分側のコートにボールが落ちた時のアウト/インは、自分が決めるということです。

で、このセルフジャッジが往々にしてトラブルの元になったりします。
過去に何度も試合に出ている人で、このジャッジでモメた経験のない方はほとんどいないと思います。
当たり前の話といえば当たり前の話なんですが、ジャッジはクリーンであるべきです。
ところが、これが結構難しかったりします。

もちろん、人間のやることですから特に速いボールなど、見間違いはあると思います。それは仕方のないことだと思います。
ですが、いろんな人に「この人はいつもジャッジが汚い」と言われる人も中には存在します。
こんなことを言われるのは、故意か、そういう癖がついて自然にやってしまっているかは別にして、事実としてやはり本当にジャッジが汚いんだと思います。
まともな視力を持った人であれば、見間違いではないですよね。


私が高校生の頃、ダブルスである大会で決勝まで進んだ時の話です。
決勝戦は大接戦でした。
タイブレークへ突入し、カウントまでは覚えていないのですがおそらく5-5ぐらいだったと思います。

そして次のポイント、こちら側は二人とも前へ出ており、そこへ相手に絶妙なトップスピンロブを打たれて上を抜かれてしまいました。
ペアは必死に追いかけましたが、どうやっても届く状況ではありません。

ボールは、綺麗にベースライン上に落ちたのが私にははっきり見えました。
やられたと思った次の瞬間、ペアがコールしました。

「アウト!!」


一瞬、私の中で時が止まりました。
相手は当然のように猛抗議です。
本当に重要なポイントですからね、そりゃそうなりますよ。

ただ、私にはインであることがはっきりと見えたので、そこで私が「インでした」と間違いを認めないといけない立場であったのは明白です。
ですが、私にはそれができませんでした。
私は見ていなかったと言って貫き通し、セルフジャッジですから最終的にはペアの主張が通ってアウトとなりました。

結果、その試合に勝って優勝しました。


この出来事を今になって振り返った時、優勝の喜びなんて何も覚えていませんが、ミスジャッジを認められなかったことは数十年経った今でも嫌な記憶として、私の中に鮮明に残っています。
私が覚えているのですから、相手ペアも腹が立った記憶として鮮明に覚えているかもしれませんね。

ただ、この時のペアの批判をするつもりもありません。
あそこでアウトと言いたくなる気持ちは非常によく分かりますし、それが弱いところと言えばそうなんですが、むしろこういう弱い部分がある方がむしろ人間として普通なんだと思いますから。


絶対に勝ちたい、超大切な試合。
4-5の40オール(ノーアド)、次のポイントを取れば5-5に追いつき、取られれば負け。
そういう状況下で、相手の打った球がラインの外側、アウトか、数㎜ラインにかすっているか、それこそ機械でないと判断できないようなギリギリのところに落下。
おそらくアウトなんだけど、絶対の確信までは持てない。

そういう時に、あっさりインを認めて「最後、ナイスショットでした!」と声を掛け、相手と握手を交わしに行くようなそんな選手がいたとしたら、その人って間違いなく性格が良いというか、人間ができた人と思いませんか?
私は、こういう人とぜひ友達になりたいし、自分もそうありたいと願っています。


私は過去のあの大会での経験以来、セルフジャッジはクリーンになったと思いますし周りからもそう言われることは多いです。
ただ、実際にこういう状況になった時、自分ならどうジャッジするか?
絶対にインと言い切れるかと言われると正直、分かりません。

テニスの強さも欲しいですが、ここで誠実な判断ができる器の大きさの方がもっと大切な宝物になるだろうし、いつかそれを手に入れたいと思っています。
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